業務の情報が個人のExcelと紙に散らばっているとき、買収後100日で1か所に集める手順
買収後に現場を回ると、見積の表は担当者のパソコンに、取引先の条件は前の社長の手帳にある、という場面に出会います。この記事では、散らばった業務の情報を100日のうちにどの順番で集め、どんな形にまとめるかを、中小PMIガイドラインに沿って整理します。

買収した会社の情報は、どこにあるか
買収した会社では、業務の情報が人ごとに散らばっていることがあります。中小PMIガイドラインは、情報が個人の表計算ソフトにばらばらに保存されていた例と、規程や帳票が無い、または実態と合っていない例を挙げています。
中小PMIガイドライン(中小企業庁、令和4年3月)は、ITの論点の中で、社内の情報が個人の表計算ソフトにばらばらに保存されていた例を取り上げています(P.119)。こうなると、担当者ごとに表の作り方が違い、どれが最新版かも分かりにくくなります。
基礎編でも同じ問題が出てきます。ガイドラインは、経営者や一部の従業員に属人化した業務は、本人への聞き取りで把握するしかないと書いています(P.53)。本人の記憶が曖昧なことや、不利な取引が見つかるのを恐れて意図的に引き継がないこともあります。規程や帳票が無い、あるいは実態とかけ離れていることもあります(P.53)。
ガイドラインは、成立後の現状把握を、100日までを目途に集中して行う取組に置いています(P.18)。どこに何があるかを知ることは、その現状把握の土台です。この記事では、100日のうちに情報を1か所に集め、業務の流れの図と判断の台帳にまとめるところまでを扱います。
何から先に集めるか
止まると困るものから集めます。最初はお金と契約、次に許認可、その次に毎日の業務と判断の順に進めます。
ガイドラインの失敗例を見ると、何が先かが分かります。資金の管理を担っていた前経営者の配偶者が辞め、支払いが滞った例があります(P.53)。許認可の要件を満たしていないと後で分かり、事業を続けるのが難しくなった例もあります(P.53)。従業員の担当業務を把握しないまま退職され、技術と取引先を失った例もあります(P.53)。どれも、お金と許認可と担当業務の情報を早く押さえていれば、手を打てた可能性がある例です。
集める順番を表にします。
| 順番 | 集めるもの | 主な置き場所 | 先に集める理由 |
|---|---|---|---|
| 1 | 支払い、入金、給与の情報 | 経理担当の表、通帳、手書きの台帳 | 止まると支払いが滞る |
| 2 | 取引先との契約と条件 | 契約書の綴り、前の社長の記憶 | 条件を知らないと取引先に答えられない |
| 3 | 許認可と、その要件 | 許可証の原本、更新の控え | 要件を欠くと事業を続けられない |
| 4 | 毎日の業務の手順と担当 | 担当者の表、紙の帳票、口頭 | 担当者が辞めると手順ごと消える |
| 5 | 判断と承認のやり方 | 前の社長の頭の中 | 前の社長が退くと現場が止まる |
許認可は、株式譲渡なら原則として続きます。事業譲渡や合併、会社分割では、当然には引き継がれません(P.118)。どの形で買ったかによって確かめる中身が変わるので、3番目は担当の専門家と一緒に確かめます。
規程の作り直しや、システムの入れ替えは、この表の後に回します。ガイドラインは、権限の分散と規程の整備を発展編の論点に置いています(P.64)。先に実態を集めておくと、規程を作るときに実態と合わない条文を書かずに済みます。
ファイルを集めるとき、何を一緒に聞くか
ファイルや紙は、そのまま預かるだけでは使えません。誰が作り、どれが最新で、どの業務で使うかを、持ち主に聞きながら集めます。
集める場所は、最初に1つ決めます。共有のフォルダでも、会社で契約している保存先でもかまいません。担当者のパソコンにある元のファイルは、この段階では消したり動かしたりせず、写しを集めます。元のファイルを動かすと、担当者の毎日の仕事が止まります。
紙の帳票は、記入済みのものを写真か読み取りで残します。空の様式だけでは、実際に何が書かれているかが分かりません。帳票と実態が合っていないこともあります(P.53)。
1つのファイルごとに、持ち主に次のことを聞き、一覧に書きます。
- 誰が作り、誰が更新しているか。
- 同じ名前のファイルが複数あるとき、どれが最新か。
- どの業務の、どの場面で使うか。
- そのファイルを見て、誰が何を決めているか。
- 書かれていないが、毎回気をつけていることはあるか。
一覧は、集めたファイルと同じ場所に置きます。ファイルの名前は、業務の名前と更新日が分かる形にそろえます。名前をそろえておくと、同じ表の古い版と新しい版を取り違えにくくなります。
最後の2つの問いが、次の判断の台帳の材料になります。聞き取りは、前の社長だけで済ませません。本人の記憶が曖昧なこともあるとガイドラインは注意しています(P.53)。実際に手を動かしている担当者の話と突き合わせます。
業務の流れの図と、判断の台帳にまとめる
集めた情報は、2つの形にまとめます。業務の流れの図と、誰が何を見て決めているかを並べた判断の台帳です。

業務の流れの図は、部署ごとに1枚から作ります。横に担当者を並べ、仕事が左から右へどう流れるかを描きます。工程ごとに、使うファイルや帳票の名前を書き添えます。最初から全社を描こうとせず、売上と支払いに近い部署から描きます。
描いた図は、その部署の担当者と一緒に、最初の工程から順に読み合わせます。「この次は誰に渡りますか」「ここで使う表はどれですか」と聞くと、抜けていた工程や、図に無い紙の帳票が出てきます。読み合わせで直した点は、その場で図に書き込みます。
判断の台帳は、業務の流れの中で人が決めている場面を1行ずつ書いたものです。次の列を用意します。
| 列 | 書くこと |
|---|---|
| 判断の名前 | 値引きを認めるか、支払いを先に延ばすか、など |
| 今決めている人 | 前の社長、担当者など |
| 何を見て決めているか | 見ているファイル、帳票、過去の取引 |
| 例外 | いつもと違う扱いをする相手や場面 |
| これから決める人 | 前の社長が退いた後の担当 |
この台帳を作る理由は、ガイドラインの失敗例にあります。意思決定がすべて前経営者の承認で動いていたため、退任後に現場が止まった例です(P.53)。台帳で「今決めている人」が前の社長に偏っていれば、退任の前に「これから決める人」を決めておく必要があります。その一覧は、後で権限と規程を整えるときの下書きにもなります(P.64)。
例外の列は空けたままにしないようにします。特定の取引先だけ支払期日が違う、といった例外は、表にも規程にも書かれていないことがあります。
生成AIを使うなら、どこまで任せるか
生成AIには、集めた情報の整理と下書きまでを任せます。中身が正しいかを確かめ、誰が決めるかを決める役は、人が持ちます。
散らばった表や聞き取りのメモから、業務の流れの図や判断の台帳の下書きを作る作業には、生成AIが使えます。たとえば、聞き取りのメモから判断の場面を抜き出し、台帳の列に当てはめる下書きです。下書きには、元のファイルやメモのどこから取ったかを書かせます。出所の無い行は、人が持ち主に確かめるまで台帳に入れません。
使う前に、3つのことを決めておきます。
- AIに渡してよい情報と、渡さない情報を分けます。契約の条件、給与、個人の情報は、社外秘として扱いを先に決めます。
- 使うサービスの利用条件と、入力した情報がどう扱われるかを確かめます。会社として契約したサービスを使い、担当者が個人の判断で別のサービスに貼り付けないようにします。
- 売り手との秘密保持の約束に反しないかを確かめます。成立前に受け取った資料は、約束の範囲を確かめてから使います。
AIの下書きをそのまま判断の台帳にすると、前の社長の言い方の微妙な違いや、例外が落ちることがあります。下書きは、持ち主と担当者に見てもらい、直してもらってから確定します。台帳の「これから決める人」の列は、AIに埋めさせません。
100日で終えること、その先に回すこと
100日では、情報を1か所に集め、主な部署の業務の流れの図と判断の台帳を作るところまでを目標にします。システムの入れ替えや規程の作り直しは、その先の取組に回します。
ガイドラインは、基礎編の取組は成立後100日から1年程度にわたると書いています(P.39)。100日ですべてを終える前提ではありません。100日の終わりに、次の状態になっているかを確かめます。
- 支払い、入金、給与、契約、許認可の情報が、決めた1か所にそろっている。
- 売上と支払いに近い部署で、業務の流れの図ができている。
- 判断の台帳で、前の社長が決めていた場面に「これから決める人」が入っている。
- 例外の扱いが、台帳の列に書かれている。
図と台帳は、作った時点から古くなっていきます。担当者が替わったときや、取引先との条件が変わったときに、誰が書き直すかを部署ごとに決めておきます。書き直す人が決まっていないと、数か月後には、また個人の表に新しい情報がたまり始めます。
その先では、ITの仕組みを整えます。事業承継・M&A補助金の公募要領は、中小PMIガイドラインから引いた取組の例として、ITシステムの分野に情報セキュリティ対策と、ITシステム管理方針の明確化を挙げています(PMI専門家活用類型の公募要領 P.15)。1か所に集めた情報を、誰が見られるかを決める作業は、この分野につながります。
中小企業庁は、令和6年3月29日に「PMI実践ツール」を公表しています。PMI分析ワークシート、PMIアクションプラン、統合方針書などがそろっているので、集めた情報を次の計画に移すときの様式として確かめてみてください。
出典
- 中小PMIガイドライン(中小企業庁、令和4年3月)P.18、P.39、P.53、P.64、P.118、P.119 https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/pmi_guideline.pdf
- 事業承継・M&A補助金 PMI推進枠【PMI専門家活用類型】公募要領 16次公募 Ver.1.0(事業承継・M&A補助金事務局、2026年9月)P.15 https://shoukei-mahojokin.go.jp/assets/documents/r7h/16-pmi/requirements_pmi_experts_16.pdf
- PMI実践ツールの公表(経済産業省 報道発表、2024年3月29日) https://www.meti.go.jp/press/2023/03/20240329007/20240329007.html
この記事の作り方:中小企業庁などの公的な資料を読み、記載のページを確かめて書いています。下書きには生成AIを使い、編集部が資料と照らし合わせて確認しています。制度は改定されることがあるため、手続きの前には必ず原典と窓口でご確認ください。


