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前社長とキーパーソン

本人に聞くしかない仕事を、どう聞くか。前の社長と古参への聞き取りの順番

買収した会社の仕事の中には、書類を見ても分からず、前の社長や古参の従業員に聞くしかないものがあります。聞き取りは、準備と順番で集まる中身が変わります。この記事では、買い手のPMI担当が100日のうちに進める聞き取りの手順を整理します。

公開 2026.10.13編集 買収後100日ノート編集部(株式会社TechWorker)読む時間 約6分
業務ごとに判断の場面、判断の理由、帳票との差を書き込んだ台帳の画面を描いた表紙

本人に聞くしかない仕事は、なぜ残るのか

中小PMIガイドラインは、経営者や一部の従業員に属人化した業務は、本人への聞き取りで把握せざるを得ないと書いています(P.53)。ただし、聞けば全部が分かるとは限りません。

ガイドラインの基礎編「事業の円滑な引継ぎ」(P.53)は、聞き取りの難しさを3つ挙げています。1つ目は、本人の記憶が曖昧なことです。2つ目は、不利な取引が見つかることを恐れて、本人が意図的に引き継がないことです。3つ目は、規程や帳票が無い、または実態と食い違っていることです。

この3つは、聞き方を工夫するだけでは解けません。記憶が曖昧なら、記録を一緒に見ながら聞く必要があります。意図的に引き継がない場合に備えて、聞く前に事実を集めておく必要があります。規程と実態が食い違うなら、どちらが正しいかを現場で確かめる必要があります。

同じページの失敗例には、従業員の担当業務を把握しておらず、退職で技術と取引先を失った例があります(P.53)。聞き取りの相手は前の社長だけにとどまりません。仕事を回している古参の従業員も、同じように聞き取りの相手になります。

統合の負担を示す民間の調査もあります。イグナル・コンサルティングの調査(2026年4月)では、買収の経験者と検討中の計308人が、統合で苦労した(しそうな)ことを3つまで選んでいます。従業員のモチベーション維持が41.2%、キーパーソンの離職の防止が22.1%でした。聞き取りは、この2つに直接触れる作業です。

聞く前に、何をそろえておくか

帳票と実態を照らし合わせ、食い違いを質問のリストにしておきます。白紙で聞き始めないことが、記憶の曖昧さと意図的な抜けへの備えになります。

聞き取りの前にそろえるのは、次のような資料です。

  • 規程、業務の手順書、社内の書式(あるものだけ)。
  • 受注、発注、請求、支払いの記録を、直近の数か月分。
  • 取引先の一覧と、取引先ごとの担当者。
  • 組織図と、従業員ごとの担当業務の一覧。

そろえたら、帳票と記録を照らし合わせます。見る観点は3つです。

食い違いの型例質問にするとき
書式はあるが使われていない見積の書式があるのに、見積の控えが残っていないこの取引の見積は、どう出しましたか
書式はないが行われている値引きの記録がないのに、請求額が定価と違うこの請求が定価と違うのは、どういう事情ですか
書類の担当と実際の担当が違う発注書の担当欄と、実際に発注している人が違うこの発注は、どなたがしましたか

この照合から作った質問のリストが、聞き取りの台本になります。ガイドラインが書くとおり、規程や帳票は実態と食い違っていることがあります(P.53)。食い違いを先に見つけておくと、聞き取りの時間を、書類に無いことの確認に使えます。

記録のとり方も、聞き取りの前に決めておきます。聞き手は2人にし、1人が聞き、もう1人が書く形にすると、話の流れを止めずに済みます。録音する場合は、使い道を説明し、本人の了解を得てから始めます。

誰から、どの順番で聞くか

前の社長に全体を聞き、古参と担当者に日々の仕事を聞き、もう一度前の社長に例外と判断の理由を聞きます。最後に、話の食い違いを確かめます。

聞き取りは、次の4つの手順で進めます。

  1. 前の社長に、全体を聞く。 仕事の大きな流れと、誰が何を担当しているかを聞きます。このとき、従業員への聞き取りを始めることを前の社長に了解してもらいます。
  2. 古参と担当者に、日々の仕事を聞く。 照合で作った質問のリストを使い、実際の手順を聞きます。
  3. 前の社長に、例外と判断の理由を聞く。 手順2で出てきた具体的な案件を持って、なぜそう決めたかを聞きます。
  4. 食い違いを確かめる。 前の社長と担当者の話が違う点を並べ、どちらが実態かを記録で確かめます。
聞き取りの4つの手順。前の社長に例外と判断の理由を聞く手順が中心になります。

手順2で聞く相手は、照合の中で名前が出た人から選びます。書類の担当と実際の担当が違った業務の、実際の担当者です。取引先の一覧で、担当者として名前が並んでいる人も入れます。

前の社長から始めると、誰に何を聞けばよいかの地図ができます。現場の聞き取りに前の社長の了解があると、従業員も答えやすくなります。

聞き取りを始める時期にも注意します。ガイドラインには、説明の前に噂が広がり、従業員が離職した例があります(P.46)。従業員への聞き取りは、買収の説明を済ませてから始めます。

例外と判断の理由を3番目に置くと、手順2で集めた具体的な案件を持って聞けます。案件が手元にあると、前の社長の記憶も具体的な場面から呼び起こせます。

例外と判断の理由は、どう聞くか

直近の具体的な案件を1件ずつ取り上げ、そのとき何を見て、誰に相談し、どう決めたかを聞きます。一般論を聞く質問は、最後に回します。

「値引きはどう決めていますか」と聞くと、答えは一般論になりがちです。一般論の答えからは、例外の扱いや判断の基準が抜け落ちます。そこで、記録から拾った具体的な案件を取り上げて聞きます。

例外を聞くときの質問の例です。

  • 最近、いつもと違う対応をした案件はどれですか。
  • そのとき、何を見て決めましたか。誰かに相談しましたか。
  • 断った注文や、条件を変えた取引はありますか。
  • 同じことがまた起きたら、次も同じように決めますか。
  • この判断を、ほかの人に任せるとしたら、誰に任せますか。

最後の質問は、承認を移す先の候補を探すためのものです。前の社長の承認を誰に移すかは、別の記事「前の社長の承認が要る会社は、退任のあと止まりやすい」で扱っています。

答えが「その時々で決めている」になったら、その時々の例を3件ほど挙げてもらいます。挙がった例を並べ、共通する条件を本人と一緒に探します。

記憶が曖昧なときは、その場で答えを求めません。記録を一緒に見ながら思い出してもらうか、確かめてから答えてもらう約束をします。

不利な取引が見つかりそうなとき

聞き取りの中で、前の社長にとって不利な取引が見つかることがあります。ガイドラインは、それを恐れて意図的に引き継がない場合があると書いています(P.53)。聞き取りの場では、過去の取引の良し悪しを裁かず、事実を記録することに徹します。取引の扱いを決める必要があれば、聞き取りとは別の場で、専門家と相談して決めます。

聞いたことを、どこに残すか

業務の流れと判断の台帳を1つ作り、業務ごとに手順、判断の場面、判断の理由、帳票との差を書きます。話した人と日付も残します。

ガイドラインの IT の章には、情報が個人の表計算ソフトにばらばらに保存されていた例があります(P.119)。聞き取りの記録も、担当者ごとのメモに散らばると、同じことが起きます。台帳は1つにまとめ、PMI 担当が持ち主になります。

欄書くこと
業務受注、発注、請求、支払いなど
手順誰が、何を見て、何をするか
判断の場面手順の中で判断が入るところ
判断の理由本人が話した理由を、本人の言葉で
例外通常と違う対応をした案件と、そのときの扱い
帳票との差照合で見つかった食い違い
話した人と日付誰が、いつ話したか
確かめた状態記録で確かめたか、話だけか

「確かめた状態」の欄は、話だけの情報と、記録で裏付けた情報を分けるためのものです。話だけの行は、手順4で記録と照らし、確かめたら更新します。

判断の理由は、要約しすぎずに本人の言葉で残します。要約すると、判断の条件が抜けることがあります。

台帳は、100日目の見直しでも使います。「確かめた状態」が話だけの行がいくつ残っているか、判断の理由が空いている業務がどれかを数えると、聞き取りをどこまで続けるかが決まります。判断を誰に移すかが決まった行は、承認の一覧表にも書き写しておきます。

話してもらいやすくするために、何に気をつけるか

聞き取りの目的と使い道を先に伝え、評価や処遇の話と切り離します。書いた内容は本人に読んで確かめてもらいます。

聞き取りの相手にとって、自分の仕事を書き出されることは負担になります。ガイドラインには、前の経営者の在籍期間を決めておらず、改革の抵抗勢力になった例があります(P.43)。人事労務の章では、キーパーソンの把握にも触れています(P.103)。聞き取りの進め方しだいで、協力してもらえるかどうかが変わります。

聞き取りの前、聞き取りの場、聞き取りのあとに確かめる6つの項目です。

気をつけることを、聞き取りの前後に分けて並べます。

  • 聞き取りの前に、目的と、記録の使い道を伝えます。予定と1回あたりの時間も先に知らせます。
  • 聞き取りの場では、評価や処遇の話を持ち込みません。1回を長くせず、何回かに分けます。
  • 聞き取りのあとは、台帳に書いた内容を本人に読んでもらい、違うところを直します。協力してくれたことへの礼も伝えます。

台帳を見られる人も決めておきます。PMI 担当と、その仕事を引き継ぐ人に限っておくと、聞き取りの前に伝えた使い道と食い違いません。

古参の従業員の中には、自分の仕事が書き出されることで、居場所がなくなると感じる人もいます。聞き取りの目的は仕事を引き継げる形にすることだと、言葉にして伝えておきます。その人の処遇とは切り離して進めることも、あわせて伝えます。

出典

  1. 中小PMIガイドライン(中小企業庁、令和4年3月)P.43、P.46、P.53、P.103、P.119 https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/pmi_guideline.pdf
  2. 買収の経験者188人と検討中の120人、計308人への調査(イグナル・コンサルティング、PR TIMES、2026年4月22日)民間調査 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000156373.html

この記事の作り方:中小企業庁などの公的な資料を読み、記載のページを確かめて書いています。下書きには生成AIを使い、編集部が資料と照らし合わせて確認しています。制度は改定されることがあるため、手続きの前には必ず原典と窓口でご確認ください。