キーパーソンと主要取引先には、誰に・いつ・何を伝えるか。買収後の説明の順番
最終契約が近づくと、従業員と取引先にいつ、どう伝えるかを決める場面が来ます。この記事では、中小PMIガイドラインの失敗例をもとに、キーパーソンの見つけ方と、伝える相手の順番、主要取引先ごとに確かめることを整理します。

説明より先に噂が届くと、何が起きるか
説明の順番を決めておかないと、正式な説明より先に噂が届きます。中小PMIガイドラインには、その結果として従業員が辞めた例と、取引先に取引を減らされた例が載っています。
中小PMIガイドライン(中小企業庁、令和4年3月)は、買収の成立後に関係者との信頼関係をつくる取組を、100日までを目途に集中して行う段階に置いています(P.18)。従業員と取引先への説明は、その最初の仕事です。
ガイドラインの失敗例を2つ挙げます。1つは、経営者が従業員に説明する前に買収の噂が広がり、不安になった従業員が辞めた例です(P.46)。もう1つは、主要取引先への事前の説明を怠ったため、取引を縮小され、あるいは止められた例です(P.49)。どちらも、相手が最初に聞いた情報が会社からの説明でなかったところから始まっています。
買い手の側でも、人の問題は苦労の上位に来ます。民間の調査(イグナル・コンサルティング、2026年4月、インターネット調査)では、買収の経験者188人と検討中の120人、計308人に、統合で苦労した、または苦労しそうなことを3つまで選んでもらっています。従業員のモチベーション維持が41.2%で最も多く、キーパーソンの離職防止は22.1%でした。
この記事では、説明の相手を3つに分けます。会社の仕事を支えているキーパーソン、そのほかの従業員、主要取引先です。順番を先に決め、それぞれに伝える中身と確かめることを用意します。
この会社のキーパーソンは誰か
キーパーソンは、役職名だけでは見つかりません。その人が辞めたら、どの仕事と、どの取引先が止まるかで探します。
ガイドラインは、人事労務の論点の中でキーパーソンを取り上げています(P.103)。基礎編の失敗例を読むと、キーパーソンがどんな人かが見えてきます。従業員それぞれの担当業務を把握しないまま退職され、技術と取引先を一緒に失った例があります(P.53)。資金の管理を担っていた前経営者の配偶者が辞め、支払いが滞った例もあります(P.53)。どちらも、役職名だけを見ていては気づきにくい人です。
見つけるときは、前の社長への聞き取りと、書類の確認を組み合わせます。次の問いを、前の社長と現場の責任者の両方に聞きます。
- 主要取引先の窓口は誰か。相手の担当者は、誰の名前を出して電話をかけてくるか。
- 支払い、入金、給与の計算は誰がしているか。その人が休んだとき、代わりはいるか。
- 製品やサービスの品質を決めている技術は、誰の頭の中にあるか。
- 許認可の要件に関わる資格や役割を持っている人はいるか。
- 前の社長が「あの人に聞けば分かる」と言う人は誰か。
答えに何度も出てくる名前が、キーパーソンの候補です。候補は多くても数人に絞り、名前と、止まる仕事と、関わる取引先を1行ずつ書いておきます。
ガイドラインは、属人化した業務は本人への聞き取りで把握するしかなく、本人の記憶が曖昧なこともあると書いています(P.53)。前の社長の答えだけで決めず、現場の責任者の答えと突き合わせます。
誰に、どの順番で伝えるか
順番は、キーパーソン、そのほかの従業員、主要取引先の順に置くのが基本です。前の社長が同じ場に立ち、新しい経営者を紹介する形にします。

キーパーソンは、従業員や取引先から最初に相談を受ける立場にいます。内容を知らないまま質問を受けると、答えられず、不安が周りに広がります。
ガイドラインは、基本合意のあとにキーパーソンへ一人ずつ個別に説明し、協力を頼むことを挙げています(P.47)。情報が外に漏れないよう、必要に応じて秘密を守る旨の誓約書をもらうことにも触れています。誰にいつ伝えるかは、売り手と合意してから決めます。
そのほかの従業員には、できるだけ全員を1つの場に集め、同じ内容を一度に伝えます。部署ごとに日を分けると、先に聞いた人から後の人へ、話が形を変えて伝わります。前の社長が経緯を話し、新しい経営者が雇用と仕事の扱いを話します。最後に、質問を受ける窓口の名前を伝えます。その場で出なかった質問は、後日、窓口に集まります。
主要取引先には、従業員への説明と間を空けずに伝えます。取引先の担当者は、現場の従業員と日々話しています。従業員への説明から日が空くと、取引先が先に噂を聞くことになります。
伝える中身は、相手が気にすることから書きます。従業員なら、雇用と処遇、毎日の仕事、相談の窓口です。取引先なら、取引の条件と窓口、品質と納期です。新しい経営方針の話は、その後に回します。
キーパーソンとの最初の面談で、何を伝え、何を聞くか
最初の面談では、約束できることだけを約束します。そのうえで、給与や残業代に未払いがないかを、会社の側から先に確かめます。
ガイドラインには、未払賃金を放置した結果、キーパーソンが辞めた失敗例があります(P.100)。未払いは、本人が自分から言い出しにくい話です。賃金台帳と勤怠の記録を確かめ、未払いが見つかったら、払う時期を面談の場で伝えます。
面談で伝えることは、次の3つにまとめます。
- 雇用と処遇をどうするか。決まっていないことは、いつ決めるかを伝えます。
- 前の社長がいつまで会社に残るか。ガイドラインは、前経営者の在籍期間を決めていなかったために、改革の抵抗勢力になった例を挙げています(P.43)。期間を先に決めておくと、キーパーソンが誰の指示に従えばよいか迷いません。
- この先100日で、本人に何を頼みたいか。仕事の引き継ぎや、取引先への同行などです。
聞くことは、仕事が止まりそうな場所です。本人しか知らない手順、本人が抱えている取引先、困っていることを聞きます。聞いた内容は、次の面談までに何をするかと一緒に記録に残します。
処遇を上げる約束は、その場でしないほうが安全です。ほかの従業員との釣り合いや、規程との関係を確かめてから伝えます。
主要取引先には、何を説明し、何を確かめるか
主要取引先には、前の社長と一緒に、成立の前後に訪ねて説明します。同時に、契約書の条項と、契約書に書かれていない約束を確かめます。
ガイドラインは、主要取引先との契約にCOC条項がないかを確かめることを挙げています(P.50)。COC条項(チェンジ・オブ・コントロール条項)は、株主の異動や支配権の変動があったときに、契約の相手方に解除権が生じることなどを定める条項です(P.51)。賃貸借契約、取引基本契約、フランチャイズ契約などに入っていることがあります。株式を譲り受ける場合でも、この条項があれば、相手方との調整が要ります。
契約書だけでは足りない場合もあります。ガイドラインは、前経営者が、不利な取引が見つかるのを恐れて、意図的に引き継がないことがあると書いています(P.53)。値引きや支払期日の特例のように、前の社長と相手の社長の間だけで決めた約束がないかを、前の社長に直接聞きます。
ガイドラインには、過去の交渉の経緯や口頭での約束を前の経営者から聞いていなかったため、取引条件の交渉が難航した例もあります(P.49)。明文化された条件だけでなく、その背景や暗黙の取決めも、聞き取りで把握するよう書いています(P.50)。
どの取引先を「主要」として先に訪ねるかは、売上の大きい得意先だけで決めません。代わりが見つかりにくい仕入先や外注先も、取引が止まれば仕事が止まります。前の社長と担当の従業員に、止まったら困る相手を挙げてもらい、訪ねる順番を決めます。
取引先ごとに、次の表を埋めてから訪ねます。
| 確かめること | どこで確かめるか | 分かったら |
|---|---|---|
| COC条項の有無と中身 | 基本契約書、取引約款 | 同意や通知の手続を、成立前に進める |
| 契約書に無い約束 | 前の社長への聞き取り | 続けるか見直すかを決め、相手に伝える時期を決める |
| 取引の窓口 | 前の社長、担当の従業員 | 窓口のキーパーソンを訪問に同行させる |
| 支払いと入金の条件 | 契約書、請求と入金の記録 | 経理の担当に引き継ぎ、変える場合は事前に相談する |
| 相手が気にしていること | 前の社長、担当の従業員 | 説明の中身に入れる |
訪ねたら、相手の担当者と、次に連絡する時期を決めて帰ります。取引の条件を変えたい場合でも、最初の訪問では切り出さず、窓口と品質が変わらないことを先に伝えます。
100日の中で、説明をどう続けるか
説明は1回では終わりません。100日の中で、相手ごとに2回目、3回目の場を予定に入れておきます。
ガイドラインは、信頼関係づくりを100日までを目途に集中する取組に置く一方で、基礎編の取組は成立後100日から1年程度にわたると書いています(P.18、P.39)。100日のうちに全部を終える前提ではありません。100日では、相手ごとに不安の種を聞き出し、答えを返すところまでを目標にします。
前の社長が退く日も、説明の場として予定に入れます。ガイドラインには、意思決定がすべて前経営者の承認で動いていたため、退任後に現場が止まった例があります(P.53)。退任の前に、誰が何を決めるかをキーパーソンと従業員に伝え、主要取引先には新しい窓口を改めて知らせます。
続けるために、次の3つを記録に残します。
- 相手ごとに、誰がいつ説明したか。
- 相手から出た質問と、まだ答えていないこと。
- 次に連絡する日と、その担当者。
説明を専門家に手伝ってもらう場合は、補助金の扱いに気をつけます。事業承継・M&A補助金のPMI推進枠(PMI専門家活用類型、16次公募)の公募要領は、説明会や個別面談、取引先対応といった信頼関係構築のための専門家の支援を、補助の対象外に挙げています(P.15)。対象になるかどうかは、最終的には公募要領と事務局で確認してください。
出典
- 中小PMIガイドライン(中小企業庁、令和4年3月)P.18、P.39、P.43、P.46、P.47、P.49、P.50、P.51、P.53、P.100、P.103 https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/pmi_guideline.pdf
- 事業承継・M&A補助金 PMI推進枠【PMI専門家活用類型】公募要領 16次公募 Ver.1.0(事業承継・M&A補助金事務局、2026年9月)P.15 https://shoukei-mahojokin.go.jp/assets/documents/r7h/16-pmi/requirements_pmi_experts_16.pdf
- イグナル・コンサルティングの調査結果(PR TIMES 掲載、2026年4月22日、民間調査) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000156373.html
この記事の作り方:中小企業庁などの公的な資料を読み、記載のページを確かめて書いています。下書きには生成AIを使い、編集部が資料と照らし合わせて確認しています。制度は改定されることがあるため、手続きの前には必ず原典と窓口でご確認ください。


